Wir?

先日、大学院の卒業までのマイルストーンの1つが終わりました。

前のブログで「Maomaus復活」なんて言っておきながら、その数日後には、また風邪を引いた次女。1歳児のこと、あらゆるウィルス満載の幼稚園に顔を出せば必然なのかもしれませんが、相変わらず、間髪入れずに次々病気を繰り返します。そんな状態なので、私の学習プランも大狂い。徹夜続きで、なんとか論文を仕上げてプレゼンテーションを準備しました。

しかし、前日に次女の幼稚園全体にロタウィルス流行宣言が出てしまい、次女は一週間の自宅待機決定。ここまで色々乗り越えて、ギリギリ粘って来ましたが、いよいよ諦めなくてはならないかと思っていたところ、日本人の友人が助け舟を出してくれて、今回も何とか乗り切る事が出来ました。しかも、連日の睡眠不足でヘロヘロ状態な私を見越して、晩ご飯まで差し入れてくれるという、「菩薩」っぷり。そこへ今度はドイツ人の友人から電話で、「転職活動が上手く行ったので、今月一杯は時間が自由になったから、子供達が病気になったらいつでも預かってあげるからね」と優しい言葉。

よく聞けば、日本人の友人は私がFacebookでボヤいたのを見た、既に日本に帰国している友人経由で、私の窮状を知ったそうで、海を越えてのママ友ネットワークに助けられた事実が判明。くだんのドイツ人の友人は先週、別の友人に会った時に「学校の調子はどうか」と聞かれ、「今週大事なプレゼンがある」と世間話したことを伝え聞いて電話をくれたとのことでした。

出産を挟んで、二児を抱えての大学院通いは、常識的には無理な話なのでしょうが、「本当に無理なのか、自分で確かめてみたい。限界は自分で決めたい」と始めたチャレンジでした。ここに来て振り返ると、やはり無理な話でした。そして、その無理な話を、沢山の人達の手によって可能にしてもらっている事実に気が付かされます。更に、往々にして、複数の子供を育てていたり、学業、仕事などで忙しい人にこそ、手を差し伸べて貰っている現実に「人というのは時間や物理的な余裕があるから人に手を差し伸べる訳ではないのだ」と教えられます。

昨年末、三日にあげず熱やら嘔吐やらで呼び出されて、さすがに諦めかけた時、「そろそろ限界だから諦めようと思う」と告げた時の友人の言葉にビックリしました。

「Wir sollen organisieren!(私達で上手くやりましょ!)」

私個人の厄介事に"Wir(私達)"と発言した友人に、私がドイツでの生活で学んだ最大の事は、このことかもしれないのだと感じました。個人主義の国、ドイツで見たのは支え合う、コミュニティの繋がり。日本人のコミュニティーでは、異国の中で協力しあう姿を知りました。日本にいると誰にも迷惑かけずに自立して過すことに目が行っていた私ですが、その自己完結した世界の中では知り得なかった関係性を今、思います。夫の駐在同行で失ったものもあるけれど、もうここでの生活無くしては私の人生も語れないものを得たのも事実です。

さらっと手を差し伸べてくれた素敵な人達の様に、私もなりたいと強く思います。


知命
        茨木のり子


他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるのかしらと言う
他のひとがやってきては
こんがらかった糸の束
なんとかしてよ と言う
鋏で切れいと進言するが
肯(ガエン)じない
仕方なく手伝う もそもそと
生きてるよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりな
まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて
ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら だぶんそう
沢山のやさしい手が添えられたのだ
一人で処理してきたと思っている
わたしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで