高齢化

ひさびさの日本での生活も一ヶ月が経過しました。
前回、帝王切開への恐怖を綴っていた私ですが、ここに来て、数ヶ月来、常に横子もしくは逆子位置に居たお腹の赤ちゃんも、正常の位置に納まってくれました。(「恐がらなくても大丈夫よ」と優しいメールを下さった方、ありがとう!)予定日まで、あと一ヶ月、この何をするにも重たい体とお別れする日を夢見て乗り切りたいです。

ところで、久しぶりに日本で暮らしてみると、ほんの2年程度とはいえ、いろいろと世の中が変わっている事に気付かされるものです。そのうちの一つは、シニア世代の台頭ってところでしょうか。高齢化がガンガン進む日本ですから、当然のことではありますが、2年前と比べて、広告・宣伝も高齢者向けのものが、とても増えたな〜と感じます。商品自体も高齢者に優しい工夫がされつつもカッコいいデザインのものも増えてます。TV番組も、やれ腰痛対策だの、膝の痛み軽減だの、高齢者の興味を引きそうなものが多くなってますね。今、日本で購買力があるのは若者ではなく、高齢者ですもんね。以前から言われていた事でも、そうやって、社会構造の変化と共に、「見える景色」自体の変化を実感させられると、高齢化社会がリアルに感じ取れます。

それにしても、今まで光が当たっていなかった場所に、光が当たり、充実して来るのは素敵なことですが、同時に、今までの様に光が当たらなくなる場所が出てくることも残念なことです。現在の日本で影に入ってしまっているのは若者のように思えてなりません。将来を見据えて戦略的に・・・なんて視座を持っているようには到底思えない日本の政治ですが、そんな中で娘たちの世代はどんな人生を歩むんだろうなぁと、その他の件も併せて考えると、ため息が出ちゃいます。

そんな高齢化。2年も日本に居なければ、自分の身近な人達の変化も大きく感じられます。まだ両親の老いは、深刻と言えるほどではありませんが、祖母達の変化は、たとえ今年の年初に短期間日本に帰国した際に会っていても、ドラスティックに感じられます。いつでもピカピカしていた祖母の掃除が行き届かなくなっていたり、外出好きだったのに、立ち上がるのさえ大変で、引きこもりがちになっていたり、日時の覚えが不確かになっていたり、、、そんな老いの姿に接するのは切ないことです。

「億劫がって動かないと、どんどん筋肉も劣化して、動けなくなる」と聞いて、「近所の病院くらい、自分の足で歩いていかなくちゃ!」とキツく祖母に言った後で、「私って本当に正しい事言ってるのかな?」と悶々とすることがあります。(言われた本人は馬耳東風。昔、オムツを替えてやった小娘に何言われても何処吹く風ですが。。。笑)
以前、訪れたデュッセルドルフ近郊の動物園で園の最長老だと言うヤギが、微動だにせず日向ぼっこしている様子を見て、「こういうのが老いの自然な姿なのかな」と思った事がありましたが、ならば、歩け、歩けと駆り立てる事は、単に健常な側のエゴに過ぎないのかな、なんて考えてしまいます。老いたことが無いので、何が本当に良いことなのか分りません。

正解の分らないところは、なんだか子育てに似ている気がします。娘を連れて実家に居候する日々。どんどん成長していく新しい命と、どんどん老いていく命、一つ屋根の下に暮らしていると、いろいろ考えさせられます。